竹生島の観音さま
琵琶湖の広さを改めて思い知らされた。今津の観光船乗り場から鏡のような湖面
をそれは40分程掛けて進み往く。
穏やかな湖で今日は良かった。荒れると2メートルにも達する様な波が立つと聞く。
「ふね」と名の付くモノには若かりし頃の「さざえさん」の「母さん」にでも乗りたくはない。
出航前のフェリーですら酔うのだから…。
9月の20日を過ぎると言うのに暑いのだが風が無いので穏やかなのだろう。
それにしても海とは違い「カッパえびせん」をねだるカモメすら飛んでいない40分は退屈をもてあそぶには長すぎる。ようやく竹生島が見えると船は実に静かに着岸した。
4、5軒程の土産物屋が並ぶ参道を過ぎると急な石段が続く、木陰に入ると涼しいのだが、椎間板ヘルニアが幾分かましになってきた愚僧と明後日、半月板断裂の手術を控えた妻とでは熱くなった手すりにつかまりながら息を切らせ、やすみ休み登るのが精一杯であった。
「閑散期なので帰りの船の時間は気にされなくても構いませんよ」
と言ってもらっていたので、ゆっくりが余計にゆっくりになる
が、良くしたもので一歩づつでも本堂には近くなって行く。
同じ便で参拝に来られた方達は本堂に着く頃には用事を済まされ下山し始めておられた。
おかげで急かされる事もなく実にゆっくりとお参りをさせて頂けた。
静かな時間はどこのお寺さんでもそれを壊す方がいない限り静かなのだが、ここは次の船が着くまでの
時間がやはり特別静かなのだ。「静けさが染み入る」とはこの事であろうか。
時間が昼寝でもしているのか、島民が存在しないが故なのか定かではないにせよ何かしら異次元に迷い込んだような気分を少し感じながら朱印をもらい本堂を後にした。
屋形船を改装したと言う船廊下を通り「カワラケ投げ」とあったので興じてみたがなかなか思うようには飛んではくれない。いにしえ人が娯楽のない時代、神事の名の元にのめり込んだのも解らなくない気がしてきた。
随分ゆっくりしたのだが船着き場に戻っても次の折り返し便までには20分ほどある。4、5軒在る土産物屋で冷やかせそうな店に目を付けて話を聞いた。
「電話は公衆電話まで在るのだが電気は来ていないので総て自家発電をしているからジュースやアイスはちょっと高いと思う」
とオヤジさんは言っていた。海産物が並ぶわけでもない店先には売れ筋と言っては無いに等しいのであろう。やがては消え行く定めであるにせよ、他にする事も無いからだろうが何かしら侘びしさの漂う土産物屋街であった。
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