三室戸寺
「カーナビ」とは本当に便利な物で、何処へ出かけるにも億劫さが無くなる。そこは宇治の地に在り、亀岡の田舎からは随分遠い所と認識していたのだが、カーナビで検索すると僅か一時間と少しで付く事ができる。当然、そんな所迄の土地カンは持ち合わせては居ないのだが、恥ずかしいくらいに地理が解っていない。長岡の隣が伏見でその隣が宇治だと、それが理解出来ないまま出発した。
三室戸寺は大きな庭園に一杯の花を咲かせる極楽浄土の錦絵の世界に建ち宇治の山並みに鐘の音を響かす。その鐘突き堂は本堂に向かって右手に在り、一突き100円の寄進で鳴らす事が出きる。音は決して大きな鐘ではないが煩悩を浮かび上がらすには充分な気がした。100円玉が無かったので500円で親娘3人で5回を突いた。このシュチレーションでは愚僧の出で立ちは余りにもはまりすぎている。常に作務衣であるからお寺の境内を大きな顔でウロウロすれば見ず知らずの参拝者にはそれらしく見えてしまうのだろう。それがまたそれらしく鐘を突けば自分でも笑ってしまうのである。参拝を重ねるにつれ観光寺となにも観せる物を持たないそれとの違いが大きく見えて来る。大きく違わないのはそこに流れるゆっくりとした時間なのであろう。本堂で御仏を眺めながら頭の中はやはり煩悩で一杯である。天気は小春日和と呼ぶにはまだ少し早く暖かな秋の日差しはこれから迎える冬の厳しさをひと時忘れさせてくれるようで、それは正にとてつもなく大きな御仏に抱かれているような一種の安堵感を覚えた。残念ながら花の時期には参拝者が多いであろうから静かにお参りがし
たい我々には縁がない。その分「静けさ」と言う贅沢と心いくまでお参りすることが出きる時間を頂戴出来る。それは同時に短い時間であっても自分自身を見つめる為に御仏が与えたものかもしれぬ…
さぁ、宇治の隣が伏見で、その隣が長岡であるなら帰り道だ、伏見に以前から一度伺おうと思っていた蕎麦屋が在るので、ついでで申し訳ないが時間が間に合えば寄ってみる事にしよう。
第十番 山城國宇治郡
明星山 三室戸寺
よもすがら つきを
みむろと わけゆけば
うじの かわせに
たつは しらなみ
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