花野浄土ははつせ寺
長谷寺である。
T氏と待ち合わせをしている寺である。
花の寺は門前に今もその賑わいを残し土産物屋や参拝客目当ての食堂が立ち並ぶ。
参拝させていただいた7月の下旬近くにはすでに紫陽花もほとんどが終焉を迎え、忘れ梅雨の中、咲き遅れた花だけが散りゆく仲間を見送るように所々で存在をアピールしているのがかえって哀れに思えた。
観光名所となっている霊場は季節によってバラツキがあるにせよ、それでも本当に近辺をその経済効果で賑わすチカラをも持っているのだと思い知らされるには十分である。
大仏商方と言ってしまえばそれまでであるが、それが出来ない門前もまた沢山あるわけで何を持って「観光都市亀岡」とうたっているのか、と我が町と比較しながら途中に在った「漬け物屋」で細いはじかみを味見し、荷物になるので帰りに求めることにしてT氏との待ち合わせ場所である山門へと向かった。
T氏はこの参道の中頃に住んでおられる方で隔週で拓朗亭まで脚を運んで下さっている。その所要時間2時間2〜30分は実際に自分で走ると言葉で表すより遙かに遠い。
そお言う意味では長谷寺の十一面観音様より現実的にありがたい事である。寺の三百九十九の石段を遊び場に大きく成ったと言われる氏にその案内役を買って出て頂き説明を聞きながら登って行く。
先月の施福寺を思うとさほど苦にはなりはしない。
寺が裕福であり続けて来た証なのであろうか、途中から石段の上には立派な屋根が付けられ本堂の横まで雨に濡れる事無くたどり着ける登廊がしつらえてある。

ご本尊は10メートルを越す立派な十一面観音様で絶える事の無い参拝者を大慈悲の世界にいざなっておられる。ここの本堂は何故か蒸し暑いお灯明の熱がこもるのか人の熱気なのかは定かではないにしろ、その暑さに耐えながら礼拝を終え朱印を貰いに窓口に向かった。
書き手は3人おられ一人はまだ若い女性であった。後の二人は団体の経帷子に不乱に向かっておられたので必然的に女性の窓口に並び無事に集印完了。
下山する。
途中の大きな杉の木に昔は天狗が住んでいたと聞かされた。確かにそれらしい大木で天狗以外にもなにかしら居そうな雰囲気であった。
土産物屋街を下までぶらつき漬け物屋で何品かを買い帰路についた。
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