VOL.009〜 GOOZILLA 〜FINAL WARS
そいつは愛宕山を越えてやって来た。口から恐ろしいまでの火を噴き街を焼き尽くす…40年前に初めて見た『ゴジラ』には日本中の子供達は大同小異でそんな夢を見た覚えが在るはずだ。それくらい彼は威圧感と絶対恐怖を植え付けその後の『ゴジラブーム』へと発展した。途中から地球を侵略しようとする宇宙怪獣を退治する地球防衛軍か正義の味方、はたまたヒーロー扱いとなり、果てはアメリカ版までロードショーされてしまった。いつ頃からであろうか「怪獣映画」としてではなく『映画』として観られる様になったのは。遡ると復活した1983年の「ゴジラ」なのだと思う。荒唐無稽は変わらない。しかし、画像は明らかに変わった。当然時代の変化はその中で反映されているわけであるが、子供ダマシのチャチな破壊シーンはそれなりに観られるまでに成って来た。そう考えると「ゴジラ映画」は単なる怪獣映画と云うのでは無く日本映画のバロメイター的なポジションを担ってきたのでは無かろうか。それ故に彼の足跡がハリウッドに残されたのではなかろうか。とはいえ『ゴジラ』を観るのは久しぶりであった。もちろんGOOZILLA FINAL WARS
と題されたから足を運んだのだ。内容はともあれ「ゴジラ」の最後は見届けておきたかったから。子供達のヒーローから中壮年のノスタルジックさも手伝ったのと、ひとつの『終わり』を責任上見届けてやるべきだと考えたからである…平日の最終上映とあって人影もまばらなのだがなかにはS29年の『ゴジラ』をロードショーで観たであろうそれなりの年輩のカップルからあきらかに『ビオランテ』組と分かる子供連れまでさすがに日本映画の50年を背負ってきただけのことはある。おそらくは万感の思いであっても『ゴジラ』に対して「ありがとう」と礼を言っているように見えた。別にキングギドラが実在し『ゴジラ』によって地球が守られているわけではないのだが、なにかしらそこに感謝の気持ちが存在した。それはそこから未だ小さかったボク達が「映画」の世界に入って行けた事への感謝であるのかも知れなかった。
しかし、「ゴジラ」は決してFINALではあり得ない。そこには過去最強の「ゴジラ」が存在していたのだから。ただ、再び永い眠りに就いたのは事実であろう。ボク達は決して忘れない。彼の存在とその意義を・・・
さてさて、お正月と言うか冬休みと言うべきかには毎年見ておきたい映画が集中してしまう。この「ゴジラ」よりも遥かに恐怖を植え付けられた「エイリアン」は宇宙規模の最凶生物であろう。コイツの尻尾を持ってグルグル振り回せるのは誰が何と言おうと「シュワちゃん」ぐらいだろうと思っていたのだが、どうも州知事の仕事が忙しいらしい。そこで「シュワちゃん」がかつて一戦を交えたこれまた本能だけで敵対するものを壊して廻る「プレデター」に白羽の矢を立てたようだ。正直言ってこの「AvsP」は以前「アホらしい」までの発想で「どちらが強いのか?」と考えた事が在ったので、まるで「G馬場vsA猪木」みたいなドリームマッチだと思っているのだが、前宣伝では「どっちが勝っても地球の未来はナイ」らしい。
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