VOL.008〜この貴重なる物語〜
不覚にも落ちて行く涙を停めることが出来はしなかったのは、そのイントロが「あぁそうだった、自分は拓郎に成りたいとは一度も思いはしなかったが、こんな『オヤジ』に成らなければ」と思っていた時代があったと、トリップしてしまったからに他なら無い。『オヤジ斯くあるべし』そこに現れる『オヤジ』たるや人間のクズのような『オヤジ』で在るのにも関わらずそれに固執しその影を追い求めていたのはそれが「人間」そのものであり、或部分ではその存在をも完全否定してしまっていたからに違いないと思う。隣の席でその唄に聴き入る娘は『何』を思っているのであろう。何十年も前、ラジオの小さな箱から彼が語りかけた「オヤジが亡くなりました…」と、かすかに聞こえだした『オヤジの唄』に目頭を熱くしたのは私だけでは在るまい…去年のグランキューブ大阪は綺麗で素晴らしいイベント会場だった。しかし拓郎や我々を育てて来た殿堂ではない。やはり厚生年金会館にもない一種独特のただ事ではない雰囲気がフェスティバルを支配している瞬間。それが今回の隠しテーマ『一体感』と融合された時、会場は総立ちとなり『ウネリ』が出来る。まさに1階席が坩堝であり、その満足そうで幸せそうな観客達にもそれぞれが『人生』をきざんできたのだろうが、それらをかき消すこの『一瞬』が総てで在るかのごとく燃えていた。
となりのオバチャン
隣に陣取った「オバチャン」はオープニングの「あゝ青春」から少し重めの身体が浮きそうだった・・・確かにオープニングにこの曲を持って来たことには途轍もなく深い意味が在るのは過去のそれから何かしらの「大きなイベント」を示唆したもの、つまり通常の「コンサート」ではなく、或いはそこから「何か大きなイベント」に向けてのリスタートを感じさせるには充分な曲であったのだから無理もないであろう。愚僧は曲そのものよりも彼が「なにを」しようとしているのかと「隣のオバチャン」がどの曲で踊り出すのかに興味シンシンであった。おそらく若い頃から「拓郎」のコンサートには通い詰めて来たのだろう。顔に「ハンパじゃないよ」と書いてある・・・。
同じ『大阪フェスティバルホール』の空気で生きて来た人種だ。二階席最後部まで総立ちの2時間20分を経験し、そこから発せられる自らのアドレナリンに酔いしれ未だに抜け出せないで居るに違いない。この手の輩はコンサートなんてほとんど聞いてはいない。彼と呼吸を合わせて一緒に唄うことが拓郎のコンサートに行く事であり、コンサートに行くと云う事は拓郎の応援に行くと云う事以外の何モノでもない時代を生きて来たのである。そう言った意味では「英雄」は彼の『完全復活』を少なからず期待させるものであった。
結局「隣のオバチャン」は♪『落陽』で愚僧が立ち上がったのにつられて「たつの?立つの?ホナ私も立つ!」と乗って来たのだが後ろの方から「すわってぇ〜」と云われて敢えなく撃沈させられてしまった・・・確かにフェスティバルの二階席でのスタンディングは少し恐怖心が出る。それを押し退けて過去から応援を続けて来たのだ。
拓郎はそれ以上の恐怖心と闘いこのステージに立って居るではないか・・・ましてや、一週間前の「名古屋センチュリーホール」は三階席まで総立ちだったと聞く・・・いつから「大阪」はこんなにふがい無くなってしまったのだ!?中には座って聞きたい人も当然居る訳でそれを「アンタラも立ち上がって!」とは言えないのだが何か不完全燃焼の感が否め無い。
終了後、「隣のオバチャン」に「お疲れ様でした!」と声を掛けると嬉しそうな顔で「もっと立ってあげやなあかんなぁ」とやはりこちらも『不完全燃焼気味』
「ここ(二階席)は『我々』の座る場所じゃないですね。来年は下に降りて確り応援しましょ」と応えると「そうや、来年は下や!!」と意気込んでおられた。
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