丹乃國蕎麦〜拓朗亭〜


■拓朗亭
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VOL.006〜「 I 」女史に捧ぐ〜

その頃ボクの廻りにいた男共はその女性に皆夢中だった・・・かと言って過激な争奪戦には決して発展することはなく、一種の憧れだけが右往左往して皆が彼女の一言で彼女の喜ぶ顔を見たいが為に動いていたのだと思う。
 ほんの少しだけでも彼女を自分だけの「人」にでもできる物ならばもう、その日1日はずーっとイイ気分で居られた。何よりも側に居るだけで何となく幸せな気分にさせてくれるのが、うれしかった。
 よく散歩にも行った。ちょいと年上で未だヒヨッコの駆け出しだったボク達はその女性から色んな事を教わった。誰もがたった一つの椅子を何時も狙って殺気だってもいたのだろう。 「俺が嫁サンに貰う」 それが、みんなの合い言葉であり、事実誰かがモノにする様な勢いだけは常に満ちあふれていて、そんな中をその女性は平然と、そう、何事も無かった様にすり抜け何時も笑顔で俺達を決してケンカをさせないようにコントロールしていた。遊ばれていた否、遊んでもらっていたんだろうな・・・



 思うに『男』と言う生き物は幾つに成っても助平で、これはもう、認めざるを得ないのであり、際限なく助平であり止めど無くスケベでいたいモノだと分かってはいるのだが・・・この際限が一つの生命体の終焉を指すのであれば,、どうしても解明出来ない謎が在る。それは某TV番組に於いても是非調査を御依頼したいと願っているのだが、この永い人生のどこから「スケベ」が始まったのか、と言う疑問なのである。
 敢然とは馬鹿らしいので立ち向かわない。が、その頃もやはりスケベだったのかもしれない。

そんな事はまるで他人事とばかりにその女性は在る日突然、そう唐突に皆の気持ちなんかまるで無視して声、高々に宣言しやがった。
「ワタシ、今度結婚する事になりました・・・」
冗談だろう!!悪い冗談だ!!一体誰がその相手なんだ?お前か?それともお前か?
「えっ〜、お嫁に行くの?」
「そうよ、お嫁さんになるの・・・」
ボクは割と諦めが早かった。心の中で「そうなんだ」と小さく呟いてこれまた何事も無かった様な顔をしていたに違い無い。でも、本当はすごいショックを受けていた。
「もう、会えないんだ。もうあの小鳥の様な声で唄う歌も聞けないんだ。遠くにお嫁さんに行ってしまうんだ」
誰もが「チョット待ったぁ!!」なんて言えやしない。それほど彼女はキッパリと宣言してしまったのだ。
それぞれの人生において、何ケ所かのターニングポイントが在るのだと、言うよりも在ったのだと後で気付く事が多いのだが、決してこの事件がそうだとは思わない。ただ、何等かのトラウマ的な要素かキーワードが幾重にも重なって、やっぱり心の何処かで彼女の様な優しさと時として憂いの在る眼差しの「人」を探さなければ成らない羽目に陥っている等と言う事はこれっぽちも考えずにただ、「遠くへ行くんだ」と思った。
 そして、その「遠く」は絶対に不変で、もう二度と彼女にお目に掛る事は出来ないのだと覚悟を決めさせられ、その後その女性と逢う事も無く1年後にボク達は無事小学校に入学した。

その「人」に強く合いたいと思う「人」が何人か居る。
やはり、その女性の事は忘れる事は出来なかった。考えてみれば相手は当時20歳そこそこで一番綺麗な時期、ボク達は母親以外に見る初めての女性なのだから虜になったって何の不思議も無い、ましてや、見た事も聞いた事も無い「オルガン」や「ピアノ」を自由に操って瞬間的にもボク達を違う世界に連れて行ってくれる女神の様な女性だったのだから・・・
「願わくばもう一度逢いたい」
そう思い続けて来た。1年ぐらい前だったろうか店にどこかで見た覚えの在る女性が来店されていた。「あれぇ、Hさんですよね?」と言うと「前川クン?」と返って来た。
このHさんとはその保育園時代から長い間クラスが一緒だったりして顔は良く覚えていたし、もう何十年も合ってはいなっかたのだがそんなに変ってもいなかったので直ぐにわかった。
Hさんはボクの店だと知らずにたまたま来店したようで少し驚いてはいたのだが、帰り際に「何時頃からの知り合いになるのかなぁ?」と尋ねてこられたのでボクは「保育園からですよ」と応えると「ウソ!?先生、誰だった?」と聞き返してこられた。ボクは「I 先生」と即答し、「どうしておられるか知りませんよね?」と付け加えた。Hさんの返答はボクの予想を遥かに越えるとんでもない、そう、今迄信じ切って来た物を覆すほどの衝撃的な物だったにも関わらず淡々と「元気にしたはるよ、昨日もワタシと一緒にいたから」とのたまうではないか!!「何処におられるのです?大阪?」「なんで!!亀岡におられるヨ、ずーっと、亀岡」
ボクはその時頭の中でガラガラと何かが崩れ落ちて行く音を聞いていた、「なんて言う思い込みだ、お嫁さんは絶対遠くに行かなければ『お嫁さん』じゃない。だから『I 先生』は物凄く遠くに『お嫁さん』に行ったのだ」その時迄そお、思い込んでいた。これはもう「magmag」《思い込んだら》級の思い込みだった。なんせボクの中では「憧れのI 先生」は40数年間にも及びとんでもない遠隔地に居た事に成る。「か、亀岡って、どこ?」とかろうじて聞き返すのが精一杯だった。「○○に」なんて事だ、目と鼻の先ほどの所ではないか・・・
正直瞬間的にパニクっていたのは解る。「会いたいと言っていたと伝えて欲しい」と言ったのは確かに覚えている。が、その後何かを話したのだがそれは全く覚えが無い。

実際に「I 先生」にお会い出来たのはそれから数ヶ月後であった。
店に入ってこられた瞬間ハッキリと鮮明に「I 先生」だとわかった。こちらがもう50近くに成っているのだ当然だが「I 先生」だって歳をとられる。嬉しくも悲しいきかなお互いに生きて来た証に歳を喰った。
ニコニコとあの頃と同じ笑顔で右手を差し出された「I 先生」のその手を静かに振り払いボクは妻の目前で彼女を強く抱きしめた。

                2004.06.07

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