丹乃國蕎麦〜拓朗亭〜


■拓朗亭
〒621-0805
京都府亀岡市安町小屋場77-3
※亀岡宮脇書店様斜め向かいです。
TEL:0771-24-4334
MAIL:
taroutei@news.email.ne.jp
626.in Movabletype

VOL.005〜旧友再会〜

5年振り、高校卒業30周年、恩師古稀祝い同窓会が在った。
懐かしい顔が並ぶ、「あのこ誰や?」どうもはっきりしない。そのあたりに陣取るメンバーから察すれば当時のグループでちょっと眩しい存在の突っ張りっ娘。そう言えば雰囲気は残っている。何年ぶりに見るのだろう?あっ、そうか卒業してから会って無い。後のメンバーはほとんど5年前と見かけは変らないにしても、いやいや、やはり40を越えてからの「5年」は『激動』であろう。
躰と言う物はヨコにだけ拡がる物でも無さそうだ・・・前後左右に押し拡がって、その激動の余波は頭の先まで及ぼされ出している。
みんな、ひと山も二山も越えて来たのだろう・・・。
「孫が出来た」と言うのもチラホラ出だした。48で「おじいちゃん」かい!?
まぁ、しゃあないわなぁ。眼ん中入れても痛くないやろ・・・
けど、老け込むなよ!!



宴が進み時間が経つとあちらこちらでの話が「懐かしいなぁ、元気やった?」が
「そら、たいへんやなぁ」に変って行くのがさざ波のごとく聴こえ出す。
みんなそれぞれに楽はさせて貰ってないのだろう。

恩師が元気な姿で出席された。
教職を退き、今は「土」をいじっていると仰る。なかなか渋い作陶が幾つか並べてあって、その一端から「君ら、老いて行くのもまぁ、悪ぅはないよ」と語っていた。
そう言えば恩師の家にはちょくちょく邪魔をさせて頂いた。
一度は正月だったのをはっきりと覚えている。
恩師に宛てた年賀状に「酒とタバコを用意して頂けぬか」と書いた・・・
その煙草も店を出した年にスッパと辞めて19年になる。
思えば、高校を出た時恩師はまだ40だったのか・・・随分オッサンに思えた否々『大人』に見えたものである。
その恩師が、「たまの再会にボクが出て来たら気まずうないか?」と言われる・・・
元気な姿が見られただけでも有り難いのに・・・

先生、あのね。
高校時代は確かに悪して迷惑かけてたと思うよ。でも、この年に成ると少しずつホンマに「歳をとる」ってどう言う事か考えだします。
そんな時、先生が同窓会に出席して下さると、すごく安心出来る様な気がします。
「まだまだ元気ですよ」と仰って頂けたらボクラも少しは安心して老いていける。そんな気がするんです。
だから、「気まずい」なんて言わんで下さい。

別れ際、30年前のみんなの背中とも、5年前のそれとも違う48才の背中が明日からの日常を浮かび上がらせていた。みんな元気でいろよ。また逢おうぜ。

君を初めて見たのは コンサート帰りの夜
学生だったあの頃 しらけた時代
自分の道も決まらず 愛する事もむなしく
時の流れにまかせて 夏が終わった
  声をかける決断は いま想えば何の事
  大した勇気じゃないのに 胸がはりさけそう

時代の中で僕は 何もかもにさめきって
優しさと頼り無さが 分からずじまい
流行の唄は切なく だけど心にひびかず
このまま生きているのが テレ臭いだけ
  人を愛する歓び それが唯一の生きがい
  君を知ったその日から 何かが変った

大人達との間に 断絶の芽が生まれて
あれほど熱く誓った 友もさり行く
誰のせいでもないのに 裏切られた気持ちのまま
はけ口のないむなしさ 寝返りをうつ
 
 君に逢えてよかったよ あの日は忘れられない
 無気力だったこの僕 力も湧いたよ

小さな事件だったね コンサート帰りの夜
人はこんなきっかけで 変るもんだネ
あの頃のはやり唄は 「心もよう」「神田川」
若さだけは大事だね そんな風景

            by 吉田拓郎

コメントを投稿トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.taroutei.com/MT/mt-tb.cgi/64
コメントを投稿コメント
コメントを投稿 コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)



拓朗亭